2007年12月07日

ゆとり?



学力低下がゆとり教育のせい?逆じゃないの?
60,70年代の学生運動に懲りた連中が、消費にしか興味がない、思考門切り型の人間をつくるために、管理の方を強めたからじゃないの?人間、締め付けられりゃ、いくら時間なんてあったってやる気でないよ。

そもそも、いまどこに「ゆとり」がある?俺の回りみみても、仕事に溢れて「暇」な奴はいても「ゆとり」のある奴は、そんなにいないよ。「暇」は、時間だけど、「ゆとり」は心のことになるからね。大人がこんな状態で、お子さまだけゆとりをもってお勉強しましょうなんて、言ったって、難しいんじゃないの。

子供の方も、漫画見なきゃいけない、ゲームしなきゃいけない、テレビ見なきゃいけない、携帯で四六時中友だちと連絡し合わなきゃいけない、そのうえ取って付けたような習い事だのやらされてたら、大人より忙しくて大変だよ。もう少し「モノ」から遠ざけてあげた方がいい気がする。

一応、拓郎的には「見出し人間」ということで。
posted by nhakken at 09:13| Comment(17) | TrackBack(2) | 1970年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

「まにあうかもしれない」

大好きな歌だけど

まにあわないようになっている

まにあったかのように勘違いすることはある

でも、そう思わないと、やってられない
posted by nhakken at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 1970年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

僕の欲しかったものは何ですか

「僕の欲しかったものは何ですか」
「流星」(1979 作詞作曲:吉田拓郎)

 

「流星」は、拓郎の歌声、そして歌い方と、その天才的な詩が創り出す世界に
ドップリと浸れる最高の歌の中の一つだと思う。

「流れ星」に一人の男の人生を重ねながら、「僕の欲しかったものは何」かと問いかける。
拓郎の詩の特徴は、問いかけたとしても、その答えを歌の中で示そうとは
ほとんどしないことのように思う。

拓郎は、自らの価値観を決して、聞くものに押しつけたりしない。
当然、その答えは一人一人それぞれで違うわけで、そこまでずかずかと入ってくるような
無粋なことはしない

拓郎が多くの人々を魅了し、ひとりの歌手としてしてだけでなく、
一つの時代を象徴するような存在として認めらる大きな理由の一つが、そこにあると思う。

「僕の欲しかったものは何ですか?」
拓郎によって投げかけられたこの問いを、自分の心のなかで、何年も何十年も
ごろごろと転がす。
時には、「これだ!」と思うこともあるが、数年するとまたそれを見失う。

「さりげない日々に 」つまづきながらも、この時・この場に生まれ落ちた人として
 「俺の欲しかったものはなんだろう?」と問い続ける。
たとえそれが見つからずに、この世界から去っていくことになっても
それはそれでいいじゃないか・・・そんな風にも思えてくる。

タグ:吉田拓郎
posted by nhakken at 00:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 1970年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

吉田拓郎的なもの

私は、自分自身が「吉田拓郎」ファンなのかどうか迷ってしまうことがある。

CDをすべて持っているわけでもない。
コンサートに足繁く通ったわけでもない。
況や、希少価値のあるようなものを持っていたりもしない。
昨年の「つま恋」にもいっていないし(いけていない?)、
NHK、パナソニックなどが仕掛ける、その後の余波にも乗り遅れた感がある。

ただ、自分自身の脳味噌でものを考え始めたという記憶がある、
12歳ぐらいのころからその歌だけはずっと聞き続けている

ギターも中学1年から弾き始め、高校、大学では人並みに学園祭ではしゃいだり
調子に乗って、ライブハウスにでたりもした。
当然、好きな歌や演奏する歌も、その時々でいろいろ変遷したが、
「吉田拓郎」の歌だけは、一人でずっと聞き続け、歌い続けてきた。

うまく言えないけど、「吉田拓郎」は、私の外にいるんだけれど、内にもいる。
つまり、「もう一人の吉田拓郎」が私の中に住んでいるような感じといえばいいのか・・・。
それは、もう「吉田拓郎」では、当然ないだろうし、強いて言うなら
「吉田拓郎的なもの」なんだろうと思う。

小生意気で、どこか斜に構えていて、孤独ぽっくて、
それでいて、優しくありたいと思い、
細々とした人との繋がりを切らすまいと努力する。

「所詮、人間って・・・」みたいなことを簡単に口走ったりするのだけれど、
「まだ、間に合うかもしれない」と焦って何かを始めたりもする。

拓郎についてあれこれ言おうとすると、
結局自分に対してあれこれいうことで・・・

あれ?わけわからなくなってきた。続く・・・(笑)

posted by nhakken at 14:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 「吉田拓郎」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

日本中ひらひら

「日本中ひらひら」

「ひらひら」(1973年 作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎) から


「日本中ひらひら」・・・この詩ってすごくないですか
日本中が「ひらひら」してるって・・・何?ってかんじですよね。

「ひらひらなんかしてねぇ〜よ!! バッカヤロウ!! ふざけんジャネェ、若造が!!」
とか、当時怒鳴っ人とかいただろうね。きっと。

でも、どんなに一生懸命生きてるつもりでも、
どっか人には「ひらひら」した部分があるんだろうね。共感しちゃんうんだよなぁ。
個人的なことで言えば、同窓会なんてまさに「ひらひら」だよ。
安い酒だけを頼りに、覚えてもいない奴と話し合わせてたりするもの。

お国の話で言えば、「イラク戦争」ってどうだったのよ?
まさに「見出し人間」がそこら中にあふれて、
ほぼ日本中「ひらひら」状態だったんじゃないの?
結果は、見ての通りだけど、「人は過ちを繰り返す」じゃ、
どちらの国も死んだ奴らは浮かばれないよなぁ。

でも、所詮、私のような平民は、大きな「ひらひら」の中で、
小さく「ひらひら」しながら生きて、死んで行くんだろけどね。
さて、今年はどんな「ひらひら」が待ち受けているのやら。

(これも、岡本おさみさんの詩なんですよね。まぁ、いいか)

posted by nhakken at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 1970年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

きみを抱く気にもなれないみたい

「もう飲みすぎちまってきみを抱く気にもなれないみたい」

「旅の宿」(1971年 作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎) から



「抱く気になれない」と言い切る勇気もなくて、さらに「みたい」なんてつけて、
sexからうまく逃げることを覚えたのは、20代後半だっただろうか?
(うまく・・なんて思ってるのは男の方だけなんだろうけど・・・) 

時に酒のせいにしたり、仕事のせいにしたり。 あれってなんだろうね?
相手のことがイヤでもない、他で悪さもしてなくて、
「今日は絶対イクゾオ!!」なんて思っている日に限ってダメだね。
デートの前にイメージトレーニングなんかやったり、
自己催眠術なんて本をまじめに読んだり、
今思うと、バカみたいだけど、気持ちは結ばれたかったから必死だった。 

喫茶店のエロ親父に相談したら、「亀の頭で考えろっ」て言われた。
 「そんなお下劣な話かよ〜」って思っていたけど、
40過ぎた今でも原因も解決法もわからない。 

一つ言えることは、性格でも顔でも体でも、極端な話、チチでもなんでもいいけど、
相手のどこかに本気で入れ込む気持ちがないとだめなような気がする。
もう、中途半端な気持ちで女性を抱けるような年じゃないということだろうけど・・・。

posted by nhakken at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 1970年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月05日

はじめまして

拓郎の詩が気に入っているから、始めてみようと思ったブログです。

小さい頃から、いわゆる親父らしいものを知らずに生きてきて
ふと振り返ると、12歳ぐらいからずっと聞いていた
拓郎の詩が、私にとっての「親父の教え」のような気が最近してきました。

そこで、自分のおそらく気持ちのどこかに刷り込まれてきた
拓郎の詩を糸口に、ずるずるとその中のものを引きずり出して
書いてみようと思います。

それは、きっと想い出だし、今だし、将来だし、
一人でぐずぐず書いているのも何だし、
こうして公開している以上、気が向いたら気楽につっこんで貰ったりしながら、
続けていけたらと思っています。
posted by nhakken at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 「吉田拓郎」について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。